4月のJR西日本の脱線事故。
そして、今回のNHKの記者の放火事件。
この2つの事件の背景にはある1つの共通点がある。
事件を起こした加害者の組織の教育についてだ。
前者は数十秒運行を遅らせただけで行われ、運転士を精神的に追い詰め
続けたともいわれる、異常な「日勤教育」の実態がクローズアップされた。
後者にしても、些細なミスで「死ね」などの暴言を浴びせたり、理不尽な理由で
泣くほど先輩やデスクに説教されたという事実が報道されつつある。
よく、人を育てたり、組織をまとめたりする際、「飴とムチを使い分けろ」とよくいわれる。
どうもこういった組織には「飴」の要素がないに等しかったのではないか。
もちろん、あえて悪役に徹して、「なにくそ」「いまにみてろ」と思わせておいて
成長させるという育て方もないではない。
しかし、単純に考えてほしい。
「馬鹿」と罵倒され続けている人間が利口な人間になれるだろうか。
自分がいじめている人間と仕事して、いつか大仕事ができると思うだろうか。
違うだろう。そんなことはわかっているにもかかわらず、
明るみに出て、周囲や警察から追及されると逃げるかはぐらかす。
NHKは新人記者なら誰でも抱えている問題と正当化するような発言をした。
JRも似たような発言をしていた時期があった。それだけではない。
会社にとどまらず家族という組織の長である親だって、
育てるべき自分の子供を虐待して、死んでしまったり後遺症ができたりすると
「しつけのつもりでやった」というコメントを何回聞いたことか。
結局、こういうことで指弾される人や組織というものは
「飴」の要素もわかっていなかれば「ムチ」の意味さえもわかっていないのだ。
「愛のムチ」をふるっているつもりが「愛の無知」をかざしているだけなのである。
その結果が多くの人命を奪う惨事を生んだのではなかろうか。
私もいろいろあったけど、会社で後輩達を教える立場に回ることが
多くなってきた。批判するのは簡単だが、
私はちゃんと「愛のムチ」をふるえるだろうか。
つい報道番組でそういった話を耳にするたび、私はふと考えてしまうのです。
今日は重たい話をしてしまいましたが、書かないと心にずっと引っかかって
しまう気がして。皆さんは、どう思いますか?
明日は昨日までのモードにモードります。(ちょっと駄洒落)

鞭だけで飴が無い奴いるね。
自分を攻撃してる奴がそう。
鞭しかしないし
恐らく飴もムチも知らない無知を振るってるよ。